日時:2010年10月31日(日) PM2時〜
会場:福井新聞社 風の森ホール
主催:秀林館バイオリン教室
後援:福井新聞社
 電話は初めて聞く初老の男の声でした。大野に住むと言い、 「あんたんとこ、バイオリン教室やってるんやろ? じゃ、聞くが、ストラディバリのバイオリンが最高だと聞いたけど・・・」 その通りだと答えると、相手は急に語気を荒げて、 「そんなこと、誰が決めたっ? ワシは今までウィーン・フィルや有名なオーケストラやCDを聞いてきたが、ちっとも変わらんかった」 ────ここで私は電話を切りました。教室を開いていると、まれにこういうマナーの電話もあります。この電話の内容は、バイオリンに関する大切な問題を含んでいるので説明しましょう。

 オーケストラの団員は、ソリストを除いて自分の高価な楽器は使いたがらないものです。楽曲の仲にはフォルテ(強く)が3つも4つも出てくるのがあります。自分の楽器を酷使すると音が荒れるもので、ましてやストラディバリを使うなど、もってのほかです。だから有名なオーケストラを聞いても、それはストラディバリやイタリアン・オールドの音ではないのです。

 また、バイオリンの音の違いは初心者には分からないものです。上達していくうちに耳が出来上がるもので、ましてや弾いたことのない人に音色の違いは分かりません。安価な楽器とストラディバリを弾き比べて当てさせるクイズがよくありますが、なかなか玄人でも当たらないものです。

 しかし、耳の肥えた人なら銘器と鈍器の違いは明白です。銘器の低音はオルガンのように朗々と鳴り、高温は銀の鈴を鳴らしたような輝かしい気品があります。そして、ハイポジションになればなるほど澄んだ音になり、しかもピアニシモのような弱い音でも会場の隅々まで音が飛びます。

 このようなイタリアン・オールドの音の秘密は、ひとつに木の材質があります。イタリアのクレモナ郊外の森に、かつてバルサム唐檜(とうひ)というマツの一種が自生していました。イタリアン・オールドにはこの木が使われ、またニスもこの木の樹液を使っていました。しかし、乱獲により1750年頃に死滅してしまいます。1600年代〜1700年代のイタリアン・オールドは、この材質を使って作られていました。

 銘器の音は、人間の声の「イー」と言う音の波形に近く、質の悪い楽器になるほど「エー」と言う波形に近づくと言われます。その感覚を覚えて楽器購入の目安としてもよいでしょう。

 プロ・アマを問わず、バイオリンを目指す人は自分の理想の音を抱いているはず。そのためには、良い楽器を弾く機会を多く持ちたいものです。その理想像に向かって歩み続けるのは、果てしのない旅をするようなもので、耳と腕を鍛えるのは一生かかる仕事です。

〜理系から見たボウイング(運弓)の理論〜

 バイオリンの命は高音にあります。数億とか数千万と言う銘器も、その音色の価格に対する値段です。ところが多くの人は左手の音程やポジション移動に力が入って、右手のボウイングが後回しになる傾向があります。弦楽器の9割の技術が右手にあると言われていますが、その理由の一端をお話します。

 図1、2はバイオリンの模式図です。同じ力で弓を弾くとき、強い音が鳴るのは減と弓が直角の図1であることはお分かりでしょう。図2は力が分散されて、現に伝わる圧力が小さくなるからです(数式がニガテな人は飛ばして読んでください。弓の力をFとして、弓と弦の角度をxとすると、図2の垂直方向の分力はFsinxとなります。xが90°でないならば、sinxの絶対値は1より小さいので、Fsinx<Fとなり、直角で無いボウイングは弓の力が必ず小さくなってしまいます)。
 これが本物のバイオリンなら、図2は音が小さいどころか、ねじれた汚い音になってしまいます。常に減と弓の角度を直角に保つことがいかに重要かがお分かりでしょう。

 バイオリン・ビオラ・チェロの弦の下にある黒い板(黒檀)を指板(しばん)と言います。ところでこの指板の形は中学校で学習したある立体の一部ですが、さてなんという立体でしょうか?
 答は円錐(すい)です。楽器を実際に手にとって眺めてみれば分かりますが、軽く湾曲した指板は駒に近いほど幅が広く、ネックに近いほど狭くなっています。ところが多くの人はこれを円柱または平面の一部だと感じて弾いているものです。

 さて円すいの側面の展開図を描くと図3のようになります。少し極端に描いたほうが分かりやすいでしょう。中心から出る半径を母線(ぼせん)と言い、おうぎ形の弧に垂直です。図3の4本の母線はバイオリンの4弦を現しています。(実際のバイオリンは上部で消えています。)興味のある人は、指板のサイズを計って、おうぎ形の半径や中心角を求めてみて下さい。
 図1で述べたように、現に大して垂直に弓を当てるためには、これらの母線(弦)に垂直にしなければなりません。すると、図4のようにそれぞれの弦で弓の向きが微妙に異なるのが分かります。母線の下に描いた短い線は、それぞれ直角に当たる弓の一部です。この弓の軌跡はおうぎ形の弧の形、つまり円の一部と平衡にしなければ直角を維持できません。結論としてボウイングの軌跡は円運動の一部なのです。単純に言えば、図5のような軌跡が理想的です。レッスン時にボウイングの形をよく注意される理由がここにあります。

 ところで、理論が分かっていながら多くの人は実行できません。どうしてでしょうか? バイオリンの解説書に「弦と弓は直角に」と書いてあるのに、努力しているつもりでもボウイングを注意されるのは何か理由でもあるのでしょうか? 「指板は円すいの一部だ」と知らない教師にも原因がありますが、以下に生徒さんの錯覚を指摘してみたいと思います。

 図6を見てください。これはバイオリンを弾く人の真上から見た模式図で、頭と腕だけを描きました。数学では、一定の長さを保って運動させるとその起動は直線で無く、円になってしまいます。(コンパスで直線が引けないのと同じ理由)よく子供さんや初心者に見られる現象です。
 すなわち、図5のような理想的な軌跡に反して、正反対の図6のような円を描いてしまう。豊かな音には程遠いねじれた音色になってしまう理由の一つが、この理屈によるものです。この正反対の円の錯覚は大きく、根性で練習する真面目な人ほど挫折しがちです。
 すでに故人ですが、巨匠と言われたある人の弓の角度が、いつも鋭角になっていました。優れた演奏をする人でしたが、音は固くキィキィとなっていました。いくら巨匠であっても私たちは真似するべきではありません。
 理想的なボウイングについては、具体的には今後のレッスンでお話しましょう。

秀林館代表 北川 昇
-演奏曲目-
キラキラ星変奏曲 イ長調
ちょうちょ イ長調
メヌエット第2番 ト長調 / J.S.バッハ
妖精のおどり ト長調 / N.パガニーニ
ガボット ト長調 / P.マルティーニ
ガボット ト短調 / J.S.バッハ
ユーモレスク ニ長調 / A.ドボルザーク
金婚式 イ短調 / G.マリー
アレグロ ト長調 / J.H.フィオッコ
メヌエット第1番 / J.S.バッハ
フランス民謡 イ長調
ロング・ロング・アゴー イ長調
かすみか雲か イ長調
ワルツ ト長調 / J.ブラームス
メヌエット ト長調 / L.V.ベートーベン
ブーレ ト長調 / G.F.ヘンデル
無伴奏チェロ組曲No.3よりブーレ ト長調 / J.S.バッハ
Angel in the house ニ長調 / 葉加瀬太郎
バイオリンソナタ ト短調 / A.ビバルディ
バイオリンソナタより第2楽章 ヘ長調 / G.F.ヘンデル
2つのバイオリンのためのコンチェルト第1楽章 ニ短調
ラ・フォリア ニ短調 / A.コレルリ
バイオリンソナタ イ短調よりジーグ / A.ビバルディ
賛美歌111番 ニ長調
カノン ニ長調 / J.パッヘルベル
ディベルティメント k.136より第2楽章 / W.A.モーツァルト / 北川編曲


※プライバシーの都合上、演奏者の氏名は省いております。
※重複するものは省略しております。
○ピアノ伴奏: 吉田 真里子 先生
2006 / 2007 / 2008 / 2009 / 2010 / 2011

-福井市 秀林館バイオリン教室-